2026年8月28日、AIR WATER INNOVATION HUB(エア・ウォーターの森)にて「海の未来を技術で変える。持続可能な漁業へ」が開催されました。
現在、日本の水産業は深刻な転換期にあります。急速な気候変動による海水温の上昇、それに伴う水産資源の激減や生息域の移動は、もはや「将来の懸念」ではなく、現場の存続を脅かす「目前の危機」です。さらに深刻なのは、単なる担い手不足以上に、地域ごとに不透明な参入障壁や、漁師を志す若者を導く教育・制度上の構造的欠陥が放置されている点にあります。今、求められているのは、既存の延長線上にある改善ではなく、テクノロジーによる可視化と、産業構造そのものを再設計する「仕組みの変革」に他なりません。
本イベントは、伝統的な漁業の現場と最先端のデータサイエンス、そしてクリエイティブな課題解決の手法を融合させ、いかにして持続可能な水産業を構築するかを問い直す戦略的な対話の場となりました。当日はそれぞれの最前線で挑む実践者たちが登壇し、現場の知恵とテクノロジーが切り拓く水産業の新たな可能性について熱い議論が交わされました。
| 開催日時 | 2026年8月28日(金)15:30〜18:00 |
|---|---|
| 場所 | エア・ウォーターの森(北海道札幌市) |
| 運営 | STARTUP HOKKAIDO 実行委員会 / CIC Catalyst |
| 協賛 | 一般社団法人 DO FOR FISH |
| 登壇者 | 齊藤 いゆ 氏(株式会社Local Revolution 取締役 / 水産コーディネーター)、小笠原 宏一 氏(inakaBLUE 代表 / 漁師)、田中 裕介 氏(株式会社オーシャンアイズ 代表取締役 / CEO) |
| アーカイブ動画 | 当日のアーカイブ動画はこちら |
本イベントは、二部構成で行われ、第一部では、齊藤いゆ氏と小笠原宏一氏より、北海道の水産業が直面する現場の課題と持続可能な漁業に向けた先進的な取り組みが発表されました。第二部では、株式会社オーシャンアイズの田中裕介氏が登壇し、海洋データやAIを活用した環境変化の可視化および将来予測についての講演が行われました。プログラム後半では、登壇者全員によるパネルディスカッションが実施され、会場やオンライン参加者を交えた本音の議論が展開されました。セッション終了後は、現地参加者限定のネットワーキングが行われ、登壇者と参加者の間で活発な交流が図られました。
第一部|北海道の水産業の課題解決と、次世代へつなぐ持続可能な漁業の実現に向けた取組
第一部では、現場で挑戦を続ける2名のプレイヤーより、北海道の水産業が直面する課題に対する具体的なアプローチと実践事例が発表されました。
齊藤 いゆ 氏:未利用魚「マイワシ」の価値化と水福連携

水産コーディネーターの齊藤いゆ氏は、海洋環境の変化に伴い大量発生した未利用魚「マイワシ」の活用事例を紹介しました。イカ定置網に入り込むマイワシは、港での大量死滅やそれによる水質悪化によりウニ・アワビが全滅するなどの二次被害を引き起こす一方で、処理の手間がかかり採算が取れない水産資源でした。
これに対し齊藤氏は、サイズ不問で「1kg=200円」の固定買い取りを実施して漁師の収入を安定化。さらに、マイワシの内臓に含まれる「消化酵素」を活用し、ウロコや内臓を取らずに丸ごと常温熟成させる独自の加工技術を確立しました。塩分調整や冷蔵方法の研究によるヒスタミン抑制や安全性の検証データを取得し「北海道新技術・新製品開発賞」大賞を受賞。型崩れした身はソースへ、副産物の液体はナンプラーへと無駄なく製品化する体制を整えました。さらに、加工工程を地元の就労支援施設へ委託する「水福連携」を推進し、福祉現場の工賃向上にも貢献しています。
小笠原 宏一 氏:データに基づくタコ資源管理と「ReTAKO」の循環モデル

苫前町で水ダコ漁を営む小笠原宏一氏は、従来の漁獲報告が「総重量(kg)」のみで、放流した小ダコの数や海に落とした漁具の数がカウントされていない「粗いデータ管理」に問題意識を抱き、2019年から自主的なデータ蓄積を開始しました。
2020年には個人ブランド「inakaBLUE」を立ち上げ、D2Cブランド「ReTAKO(リタコ)」を展開。最大の特徴は、消費者が購入したタコと「同等の重量」の生きたタコを海へ放流する仕組みです。直販による高い利益率を確保することで過剰な捕獲を抑え、水産資源を守りながら地元の仲買や加工業者、包材屋の仕事も守る持続可能なエコシステムを構築しています。ありのままの海のリアルを伝えるパッケージや手書きの手紙を通じた顧客との関係性を大切にしながら、「本気のタコさんウインナー」や「タコラーメン」など、本物の味にこだわった商品展開に挑んでいます。

第二部|海洋環境の変化をデータで捉え、持続可能な水産業の実現を目指す取組
第二部では、最新のテクノロジーを用いて海の姿を可視化し、中長期的な変化に適応するためのデータサイエンスのアプローチが共有されました。

田中 裕介 氏(株式会社オーシャンアイズ):海洋データの可視化と将来予測
株式会社オーシャンアイズの田中裕介氏は、高解像度の海況予測アプリ「SEAoME(しおめ)」などの技術と、北海道で行っているPOC(概念実証)の取り組みを解説しました。現在同社では、漁師が長年蓄積してきた操業日誌などのアナログな知見をデジタル化し、衛星データや海況モデルデータと組み合わせることで、10〜30年先の中長期予測シミュレーションを行うプラットフォーム開発を進めています。
講演では、データが裏付ける北海道の海の急激な変化が示されました。苫前沖では8月の平均水温が過去30年で約2〜3度上昇しているのに対し、3月は変化がなく「温暖化の季節性」が存在すること、釧路沖では2014年を境に水温上昇と連動してブリが急増しサケが激減する明確な逆相関が見られること、函館沖では8月の水温上昇による根腐れで昆布の水揚げが急減している危機的現状が提示されました。
パネルディスカッション|水産業の未来を阻む壁の突破と「自分ごと化」

後半のディスカッションでは、登壇者全員と会場・オンライン参加者を交え、業界の構造課題に対する本音の議論が展開されました。
既存のセリや仲買いの仕組みとの接し方について、齊藤氏は「誰も見向きもしないマイワシ(未利用魚)に特化したことで、既存のしがらみを避けて独自の流通を作れた」と語りました。小笠原氏は、「自分たちの仕組みでしっかり稼げる姿を背中で見せて周りを巻き込むことが重要だ」と強調しました。
田中氏は、日本において水産データのオープン化が進んでいない現状を示唆。「行政が保有するデータの活用が十分に進まない中、海外では、政府からの積極的なデータ提供を受けて競合となるベンチャー企業が急速に成長しています。このままでは、日本のスタートアップが世界的なデータ活用の競争において後れを取る可能性があり、行政データのより一層の開放・活用を進めていくことが重要」であるとの見解を示しました。
ソーシャルインパクトの可視化と共創
持続可能な水産業の実現に向けて、齊藤氏は「買った消費行動がどれだけ地域や漁師に還元されたかというソーシャルインパクトを可視化することが消費者の行動変容につながる」と発言。小笠原氏は「漁師、シェフ、技術者、表現者など、異なる強みを持つプロ同士が仲良くなり、手を取り合って海のリアルを伝えていくことが未来を作る」と結びました。
イベントの意義と総括
今回のイベントは、現場の実践知、データサイエンスによる未来予測、そして新しいビジネスモデルの構築という異なる角度から、持続可能な水産業に向けた具体的な解を提示する機会となりました。
既存のルールやデータの壁に阻まれがちな現状に対し、異分野のプレイヤーが共創し、消費者を巻き込んだエコシステムを築くことの重要性が示されました。北海道の海から始まるこれらの先駆的な取り組みは、今後の日本の水産イノベーションを牽引する重要な一歩となることが期待されます。
▼ 当日のセッションは、以下のアーカイブ動画(全編)よりご視聴いただけます。詳しい模様はもちろん、文面では伝わらない熱量をぜひご覧ください!
「海の未来を技術で変える。持続可能な漁業へ」アーカイブ動画を観る
